占いって、タロットカードとか、オラクルカードとか、風水とか色々あるけど、実際当たるの?!って思いますね。

 

 「ズバズバ当たる!」「芸能人〇〇も驚いた!」とか、色々書いてあると、ついつい興味をかき立てられて見っちゃたりします。

 

 私も初めは色々と見ました。

 

 ちょっとハマッたのが、インターネットやアプリで生年月日を打ち込むと診断結果が出てくる1回数百円から多くて2~3千円のもの。

 

 結構当たってる~と思いました。

 

 ただ、対面ではないので何かシステマティックで何だかちょっと寂しい感じがする。もう少し聞きたいこともあるし…。なんて思いました。

 

 何かの機会で友達に誘われて行った当たると有名な易の方。

 

 その人ね、生年月日を言うと、もう自動的に口から言葉が出るように1時間ずっと私の性格の傾向や過去・現在・未来のこととか、ワーッて話し続けるの。私の人生の自動翻訳機みたいな。

 

 対話に近いものはほとんどなく、本人はひたすら伝えるべきことを伝えるって感じ。無表情で、楽しいからやってる訳じゃないみたいな雰囲気。今思えば、易はただの入り口でほぼチャネリングをしていた様に思います。

 

 それからヒーリングとかに興味がわいてくると、自然とタロットとかできる友達が増えていくことに。 

 

 友達はお金とらずに遊びでやってくれるんだけど、まぁ~~~当たるんですよ。でも、何故当たるのか当時はよく分からなかった。

 

 ただ、いつもはおちゃらけていた友達も、セッションの時は顔つきが変わるというか、別人みたいになる。それ、見えないものを降ろしてやっているんだよね。

 

 見えないものを降ろすってちょっと怖いように感じるかもしれないけど、実はみんな自然とやってます。

 

 スポーツや勉強などしていて何も考えず時間を感じない様な時には、その人の守護霊みたいなものが力を貸してくれている。

降りている。

 

 その守護霊みたいな人が元々運動が得意だったり、色々と考えたりアイデアを出すのが得意だったり、神社やお寺関係の人でチャネリングみたいなものが得意だったり、人に奉仕するのが好きだったり、本当に人それぞれ。

 

 その人が人生を歩む際に何かの力を貸してくれる存在。守ってくれる人。

 

 それで、占いについては的中率99%とか、100%当たるとか、超のつくような適合率はあんまり気にしなくて良いんです。おおよそ当たっている人なら大体問題ない。チャネリングできてる。

 

 人には無限の可能性があります。

 

 その中でも、今こっちをやったらこうなる、そっちをやったらこうなるっていう進む道を何かの占いのツールで教えてくれる。その中でも今のあなたに特に可能性があるものを。

 

 「当たらなかった」と言うけど、よく考えると実はその様になる可能性もあったって何となく分かるんじゃないでしょうか?!それとは別の選択をあなたがしているんです。

 

 言われたことに対して(そんなのあるわけねぇよ)と思った方、たぶんそれは起こりません。偶然が偶然を呼び、奇跡は起きる。最初の一歩はほんの些細な出来事から始まります。

 

 でも、その希望を信じない時、柔軟な発想をもてない時、奇跡の始まりであるほんのちょっとの関わりをないがしろにしてしまいます。

 

 親友になった人、最初は(何だこいつ?!)なんて思った仲間もいるでしょう。そんな人も、今となってはあなたの大切な人の一人です。

 

 「も~、〇月くらいに良い人が現れるって言ったのに、全然来なかった~」と言う人。

 

 出会いのある場所にちゃんと行けてました?!とても忙しくて家と会社の往復だった時期じゃありません?!見知らぬ人の家に、チャイム鳴らしてズカズカ迎えに来てくれる王子さまはいません。

 

 あとは、占いに全く依存して、自由意志ではなく、占いを選択の中心軸に据えると大変なことになります。

 

 あくまでも可能性を指し示してくれる占い。(〇〇って言われたから、〇〇しなきゃ!)となると、自主性は失われ、選択は同じでも思考が違っては光のある方への道は徐々に閉ざされていきます。

 

 可能性としての占いというツールは、あくまでも自己選択を補助してくれる媒体の一つとして考えましょう。そして、自分の可能性を信じること^^

   

 

 

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